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なるようになるさ
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こんにちは

今年 自営業を営んでいた主人が突然亡くなり、その半年後義母が他界しました。

長男、次男と三人だけの生活が始まりました。

主人のやりかけた仕事を片付けながら、毎日を過ごします。
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わすれもの

2019/01/05 11:57
みなさん、新年あけましておめでとうございます。
新年早々、貸すことになった田のことで、お隣のお父さんに確認をしてきました。

稲作は、ご近所の方にやってもらうことになりました。
一反あたり、お金でなくお米で土地代をいただくこの辺りはこれが鉄則です。
それから、土地改良区の代金と固定資産税は地主が払います。

農地と言うものは、本当に相続するものではありませんね。

農地を貸したり売却したりは大変だし、持っているだけで税金がかかります。

除草作業は必要だし、荒れ地にしておいても仕方ないので、無料でも耕してくれる人を探したりします。

まずは、梨は難しいので伐採、抜本をお願いした方が良いのでしょうね。

中途半端になってしまった作業をどこかで再開しないといけないですよね。

辛い仕事ですが、ゆっくり気持ちの入れ替えをしていかないといけません。

やはり、ご主人に先立たれた友人がお子さんに話した言葉

「農地は固定資産税を払うだけだから、相続は放棄しなさい。」
農作業を仕事としてやりたい人は借りてでもやりたいのでしょうが、罰当たりなことですよね。
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実父母を看取る

2018/12/18 19:58
実家の弟から連絡があった。
母の介護で悩んでいるようだ。

社交的なゆきちゃんと違い介護されることに慣れていな母に手を焼いているようだ。
距離があると素直になれるのだろうか
私には友好的な母なのだが、弟にはそうではないようだ。

ゆきちゃんがデイサービスへ最初に見学へ行ったのは数年前だった。
足を温めてもらったりリハビリを受けたり直ぐに気に入って週に数回出かけるのが楽しみになった。
ゆきちゃんの動向は、日増しに子供に帰っていった。

そんなゆきちゃんを看てきたせいか、実父母の動向の変化も受け入れて易くなってきている自分に気が付く。

時間をとって実家へ向かう。
一緒に買い物へ行って、話をして帰ってきた。
電気圧力釜の使い方が分からないのだが、弟は時間をとって両親に説明しないようだ。
「仕方がないな〜」
借りて行っていくつか使ってみるかな
「30日にまた来るから、その時にデモンストレーションできるように練習してくるね。」

今日は、電気圧力鍋でカレーを作ってみた。
カレー粉はプレミアム熟カレー
カレー粉も初めてなら、鍋も初めて隠し味は野菜ジュースと。。。。

最初に味見をした次男が言った。
「旨いけど、葉っぱ入っていたぞ」
カレー粉入れる時に抜くの忘れた
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師走になりますが・・・

2018/12/18 18:00
 介護をしていてわかったことがある。
どんな人でも間違いがある。
どんなところにいても高齢者は転びやすくなるので、転んでも相手を責めてはいけないと思う。
ショートへ行ったなら、物がなくなることもあるので問い詰めてもいけないと思う。
お互い様だから、感謝の気持ちを忘れてはいけないと思う。

主人が亡くなった時お線香を上げに来てくださった先輩が言った。
「きっと幸せになれるから・・何があっても感謝の気持ちを忘れないで」

ゆきちゃんがいなくなって、寂しくはなったのですが毎日お茶とご飯をお供えして声掛けしています。
「何もしなくてもいいから、私達を見守っていてね。」とつぶやきます。

どんなことが起きても、他人を恨んだりしません。
感謝して生きていきます。
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常識ってなんなのか

2018/11/02 12:49
先日、ゆきちゃんの49日も終わらないというのに電話があった。

辞めてしまった梨畑を見たいというものだった。

確かに辞めてしまって先行きを考えると、売ってしまうことになるだろう。

だけども・・・

これから、ゆきちゃんの49日がある。

その準備もしている。

親戚の方たちがその話を聞いたら、なんていうだろう

思ったことを口に出した。

そしたら、「その人たちがあんたたちの代わりに何かしてくれるのか?」

私は、あんたたちのことを心配してやっているんだ。

でも。。。

ちょっとまって。。。私たちに故人を偲んで休む時を過ごす時間を持つことは出来ないのでしょうか。

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結果をもたらすもの

2018/10/28 05:01
以前、派遣会社へ登録してきたのはいつだっただろうか。
出来るときに出来る単発のお仕事を探すためだ

長男も次男も働いているが若いためあまり甘えてはいけないと考えてのことだった。
子供たちには、せいぜい食費を出してもらうぐらいだ。
主人の生前、家業を盛り立て、ゆきちゃんの介護を考え退職したのは、だいぶ前のことだ。
主人が亡くなった今、大きく方向転換しなくてはならない。
ところが、ダブルワークを初めて3カ月と立たないうちにゆきちゃんがなくなってしまった。

どうしていいのかわからないというのが今の私である。

先日、できなくなってしまった梨畑を私たちの代わりに耕作してくださる人がいればと市役所へ相談に行った。
相談に行ったのは、農業員会の窓口、声をかけてくれたのは産業振興課だった。
一昨日、地域の農業委員の方と市役所の方がみえた。

一人興味のある方がいるとのお話だった。

「長い目で待っていてください」と言うのが職員さんたちの言葉だった。

昨日、ゆきちゃんの49日の別れの牡丹餅ならぬお饅頭を注文してきた。
石屋さんが、ゆきちゃんの戒名の確認に来た。
すでにお塔婆をご住職にお願いしてあるし、お食事の用意もお願いしている。
後は、返礼品の発注だ。

明け方近く夢を見た。
主人が生きているのだ。畳に寝転がって手を振っていた。
「なんだ!生きているんだ。今までのことは夢だったのか!良かった。」
それが夢だった。

不思議と落ち込むことがなかった。
目的をもって行動すればいつか結果が出てくることを主人がいなくなって知った。
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お通夜です。

2018/10/23 20:21
先日、ゆきちゃんの通夜が滞りなく行われました。
出席者は、我が家の家族三人と義姉の家族三人それから義妹一人
人が少ないってなんて楽なのでしょう。
挨拶なんていつもの顔ぶれです。
ハラハラドキドキしたのは、式場へ行く前のひとときだけでした。

ここまで来たら、この葬儀は好きなようにさせていただきます。なにせこれからの生活費をキープしながら葬儀を行わなければならないのですから、他人の言うとおりにやっていたら、生きていけません。

始まってみると、敵陣は陰でいうだけでおとなしいものです。

ご住職は穏やかでおとなしい方です。
「良い写真ありましたね。」と遺影の写真をほめてくださり、デイサービスは最初は嫌がる人も生き始めると楽しいという人が多いものです。

ゆきちゃんと見学に行ったときから、気に行ってくれ、ゆきちゃんでなくても行きたいと思うくらいに楽しいところでした。
もちろん、ゆきちゃんの答えは「OK」でした。

食事も終わり、家族でもう一度お線香をあげてゆきちゃんの思い出の品々を見て帰ろうとしたら、お通夜見舞いを姉さんたちにいただきましたので、お礼を言って帰ってきました。

ところで、帰りの車の中で長男がぼそり

「今日、俺の誕生日だったのだけど。。。」

まあ良いじゃない!ごちそうも食べられたのだから。。。
そんなことじゃない?そうよね。お誕生日おめでとう
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冠婚葬祭(葬儀)

2018/10/20 09:36
義父の葬儀は、主人に従いながらやったので、全く覚えていません。

ところが、今年の4月主人が亡くなり、どうしたものか焦りました。
農家のしきたりがあるのです。
JA葬祭の担当者と相談しながらお隣のまとめ役に相談しながら、長男を盾にして(笑)、通夜、告別式、49日、新盆、初彼岸。。。残すは一周忌と考えていました。
ところがです。義母のゆきちゃんがまさかの急死!!!

主人の葬儀は盛大に大きな式場をとりましたが、85歳になるゆきちゃんの場合、そんなに来るはずがないだろう。
小さいほうの式場をおさえました。
一日葬を考えましたが、この田舎で反感を変えず行動するのは到底難しい事です。
そこで、住職さん「お通夜だけ家族葬にしたらどうですか?」と言ってくれました。

それ、もらった!担当のMさんが細かいアドバイス、指示を出してきてくれます。
私達はその指示に従い即行動!大きなところでは葬祭の方々がプロの腕前をふるってくれます。
通夜、告別式の場合、通夜に翌日の出席を確認しますが、告別式は納棺、出棺時に確認します。
後は電話で確認します。

半年前に同じことをやっているので、見通しがついているもののバタバタしています。
そんな時に長男から「おばちゃんから言われたんだけど。。」

でたー!何もしないのに上から目線のご意見。。。。
「通夜が焼香客が多いのに・・・」
通夜を家族葬にした私への不満です。

だけどね。ゆきちゃんの介護の費用、入院手術した時も私達に何の経済的な援助どころかお見舞いもいただいていないのですよ。ご香典ぐらいは持ってくるでしょうが、数万円で7人でくるってどういうことですか。
姉さん一人で良いでしょう

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老い

2018/10/14 04:50
家族のアルバムを整理していたら、ゆきちゃんの若い時の写真が出てきた。
若いと言っても50代
調度、今の私ぐらいの年齢だろうか

ここに嫁いだころだと思う。

よく介護の大変さをゆきちゃんは話していた。
義父と一緒に畑仕事を家事をしながらこなしていたと話していた。
そんな時、一番の頼りは、主人の姉、ねえさんの存在だったらしい。

おかゆを炊いて出かけると学校から戻ってきた姉さんが、主人の祖父母に食事を食べさせていてくれていたそうだ。

主人は、私は核家族で育ったから人の老いを目の当たりにしたことがないからわからないと良く言っていた。
「そうよ。私、両親と弟の4人家族だから、わからないわよ。」

でも、ゆきちゃんが転倒して手術入院して、少しずつ老いを感じている。
腰が曲がり、背も小さくなって足を擦りながら歩いている。
大丈夫と言ってもいつ転倒するかわからないし、転倒したら、骨折もするだろう。
気丈にふるまっていても、年の波には敵わない

主人は、こんなゆきちゃんを最期まで看取ることなく先に行ってしまったけれど、あの世で待っていなさい。
この世界で楽しい日々を過ごさせて送り出してあげるから。
そんな矢先のこと、ゆきちゃんの様態が悪化した。

お願いしていたショートステイでのことだった。
ショートの看護師さんや介護のスタッフが懸命に手当てをしてくださって、病院へ搬送してくださった。
私達が病院へ着いた時は、ゆきちゃんは心肺停止する時だった。
医師の診断は大動脈解離、肺に流れ込んだ水のようなものは血液だった。

これからだったのに。。。

何もできてないままじゃない。
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稲作と農家とコメの値段

2018/09/27 09:40
昨日は、彼岸の入りご近所の方たちのお彼岸参りがあるのと同時に、稲刈り作業があります。
田植えはやったものの稲刈りの方が実際に扱う機会はたくさんあります。コンバインや乾燥機など途中で止まることもしばしばです。
その度に機械の整備に業者へ連絡を入れます。
我が家の場合主人がもっぱらの機械好きです。
業者へ電話をすることもありませんでした。
ダメになった機械もパソコンでお取り寄せをして・・・・いわゆる何でも屋だったのです。

さて、今年はどうするのか悩んでいましたが、ライスセンターへお願いすることにしました。
刈るだけの作業ですが、一反あたり、4万円+コメの袋代
7反ありますから約30万円と言うところでしょうね。今年はお米の収穫量が少ないと聞きますので、どのくらいとれるのでしょうか。とれた米は、自分のところと義姉の親族の分をとってそれ以外はライスセンターへ引き取ってもらいます。

今年のお米の相場は30キロ二袋で1万4千円だそうです。いったん当たり6〜7俵です。

来年は田植えからやってくれたらとライスセンターへお願いしてみました。先のことはわかりませんが、一年間限定で探してみてくださるそうです。
これが、一反お米1俵いただいてなにもしないことになります。
土地改良代6万円払って7俵いただくことになります。
それでも農地を荒れ地にしてしまうよりは、ずっとましなのです。
そうは、言ってもやってくれる人が出てくるのか。・・・最近は出来なくなってこの季節に耕すだけの作業をしている農家も多いのです
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普通にやってくれればいい

2018/09/17 12:43
色々な人がいる
奥さんが亡くなってすぐに子供たちをおいて女性のところへ出て行ってしまったお父さんの話をきいた。
奥さんが亡くなった時下の子は3歳
それでも兄弟寄り添って生きてきた。

一人は夜間に通い、高校から大学そして誰が聞いてもわかる企業に勤め退職時にはそれなりの企業へ勤め。。。だが、兄弟の中にはその流れに逆らえないものもいた。
それでも苦労して苦労して穏やかな家庭を作るものもいた。

この近くに似たような環境の家に嫁いできた方がいる。
奥さんと子供をおいてお父さんが出て行ってしまった。
そんな家に嫁いできたのである。
世間から笑われないようにと思いながら生活してきたそうだ。

そんな時、お姑さんは「立派にやらないでもいい、普通にやってくれさえすればいいのだから」と言っていたそうだ。

その人は、当時はよくわからなかったそうだ。

そのお姑さんも何年も前に骨折して入院して亡くなった。

その方は、今になって気持ちが良くわかるようになったという。

「立派になんてやらなくて良い。普通にやってくれたらそれで良いんだよ。」

そのうち、道は開けてくるかもしれない。

ありがとう。
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演歌ってすごい

2018/09/09 07:54
こういう職場に勤めているので、親戚両親から言われることが多い
「芸能人くるか?」
これって演歌歌手のことなんだよね。


「演歌やらないの?」

70代以上には圧倒的に人気のある演歌
興行屋さんが企画してよく聞く演歌歌手が来るのが分かる自主事業でもないのに問い合わせが増えてくる。
私達も問い合わせ先をご案内することもお仕事の一つである。

戦後 復興時演歌は、国民に楽しみを与えていたのかなあと両親や叔父叔母の話から察していた。
この年代の圧倒的な集客率、演歌
根強いものを感じる。

私達ってなんだろうな〜

古典芸能にクラシック、演劇にミュージカル。。。あまりに色々あり過ぎて選べない。

今、落語がブームになっているけれども、これも今後どうなるのかわからない。

70年代に人気のある演歌のような強いものが出てくるのだろうか。

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石になる

2018/09/01 07:48
私の勤務先の職員さんは、自分の気持ちをさらけ出すことはない。

みんなそれなりに(←これ大事)気持ちを抑えてお仕事をしている。

以前、自分の感情を抑えられない人がいたが退職している。

自分では良かれと思って行動も悪くとられてしまう。

そうならないように、ここの職員さんは黙っている。

それが出来ない人は辞めていくのである。

仲良くやっているようで、そうでもない。

よく観察していると、人は時々感情を漏らすことがある。

面白いような、怖いような。。。。

職場ってこんなものなのかもしれない。

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チャレンジャー

2018/08/28 23:08
主人からメールが届いた

開いてみるとカタツムリの画像だった。

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チャレンジャー

その時のメールのタイトル

4年前のことである。
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平成最期の夏祭り

2018/08/26 07:46
昨夜は市内の夏祭りがありました。
勤務を終えて同じ職場の職員さんたちと夏祭りへ参加しました。

花火は短いものでしたが、充実してとてもきれいでした。

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秋の彼岸には

2018/08/23 08:35
義父の時は、私は日中フルタイムでお仕事をしていなかったので主人がやってくれた。

私がやったことと言うと、お線香をあげにきてくださった、客人へ渡すお茶菓子と茶菓の準備ぐらいだった。

いつものようにお隣へ聞きに行った。

「お寺にお願いするのは塔婆ぐらいかな」

お隣さんのご意見を参考に、お寺さんへお盆のお礼のご挨拶かたがたお彼岸の塔婆をお願い行こうと思う。
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秋の訪れ

2018/08/21 15:47
少しづつですが、涼しくなってきました。
秋が近づいているのでしょうか。

昨日は、少し遠いですが、候補に上がった一つのショートステイの見学へ行ってきました。
長男は、時間が取れず次男と二人一緒に行きました。

前回見学した多少古くても近い方が良いと考えていました。
実際見学すると少し遠いようですが、見学すると中々良いではないですか。
ロングで引き受けてくれるなら、ここでも良いのではと思い始めていました。

もう一つゆきちゃんに係る介護のお仕事が、あります。
退院後のゆきちゃんの生活に関する話し合いです。
出席者は病院側のスタッフの方々とソーシャルワーカーさんとケアマネジャーさんと私たち家族だけと考えていましたが、一応主人の姉妹へ連絡しました。
義姉は出席するでしょうが、義妹は欠席の連絡ありました。

ただ、今までは無断欠席でしたが、欠席の連絡が来るようになりました。
一歩前進です。
連絡をいただいたことに感謝し、また何かあったら連絡をすることをメールしました。

私達だけでは、動かなかったことがゆきちゃんの孫たちが動いたことで前進しはじめました。

電話で義姉へ連絡するとねぎらいの言葉を頂戴します。

あの殺人的な暑い夏も少しづつ涼しさを取り戻し、秋が近づいてきたのでしょうか。
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スーパーウーマン

2018/08/18 21:49
我が家の義母ゆきちゃんが入院を知った元同僚がメールをくれました。
学院長思い出しますね。(元上司です)
ご主人が亡くなって老人ホームを探しているそうです。
今頃は入居なさっていることでしょう。

この方は、すごい女性です。

大正生まれの80代 当時バリバリ働いていました。

学院長という役職だけでなく協議会の会長までこなしておられました。

役職退任後、すでに90過ぎだったことと思いますが、パソコン教室へ通いだしたと伺いました。
ご主人の介護を楽しそうに元部下に話していると伺っています。(;^_^A

私が、専門学校を退職した年あいさつを兼ねてご自宅へ梨を送らせていただいたことがありました。
早速お礼のお電話をいただきました。
家事都合の退職でしたが、「パックさん あなたが辞めたと聞いて心配していたのよ。でも安心したわ。ご主人のお仕事を一緒にされるのね。この新しい品種で勝負をかけるのね」と言った前向きではつらつな声。。90を超える高齢者とはとても思えませんでした。

この方は、在職中転んで左腕を骨折したことありました。
一緒に見舞いに行ったことのある次男は、自身で老人ホームを探し、入居したことを知ると

「すごいなあ!自分で老人ホーム探すなんて!うちのばあちゃんじゃ考えられないよ」
ゆきちゃんと比べちゃいけない

「マッカーサーが来た時、一緒にお仕事した元女性官僚だからね。つわものよ」

「GHQ!」そうGHQの確か。。。なんちゃら女史とか言っていたかな?一緒にお仕事したって言っていたよ。
一度、雑誌の取材が来た時があったことを思い出しました。

名前をパソコンで検索できるくらいに有名な人でした。

当時 80代の彼女が、スーツ、パンプス姿で、でさっそうと学校へやってきた姿はただものじゃありませんでした。
急いでいる時は、4階までエレベーターを使わず駆け上がる、そんな人でした。
それも80は過ぎているのに。。。。
他人にも厳しい方でしたが、自分にも厳しい方です。
だから、家族がちょっと距離を置きたくなるのでしょう。
そんなスーパーウーマンの彼女も順風満帆ではなく介護問題は訪れたのです。
そして強い彼女は、彼女なりのやり方で乗り越えようとしています。

ただ、強い面ばかりでもなく困った時には、そっと救いの手を差し伸べてくれるそんな優しい面も彼女にはあったのですが、気づく人は意外と少なかったのでしょうか。




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梨の甘さ

2018/08/17 22:08
主人が亡くなって4か月が過ぎた。
梨畑で除草していると、ふと帰ってくるのではと思うことがある。

「今日の夕飯は何が食べたい?」

「美味しいもの」

「そういうのが一番困る」と返すと

「のど越し生」と必ず帰ってくるほどのお酒が好きだった。


摘果できなかった梨畑を見ると無性に悲しくなる。
暑い思いをして、収穫や箱詰めをやったよね。
出来もしないのに「梨づくり1000万円計画」なんて目標作って日が明るくなる前から、起床して梨畑へ行ったよね。

今年は、梨を口にすることがないと思っていたら、お父さんの従兄弟が「仏様に供えてくれ」と幸水を持ってきてくれたよ。
冷蔵庫で冷やし、息子たちと口にした梨は、とても甘かったよ。
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施設を探す

2018/08/17 08:22
ゆきちゃんの入院手術で色々環境を変えていくために動かなければならないです。

主人の姉妹を呼び寄せゆきちゃんの状態を説明し、これからどうしたいのか
たぶん 十分とは言えなかったのかもしれないが、協力は望めないとわかっていても・・・担当の先生の力やケアマネージャーの方の力を借りておこなった。

金銭的に余裕のない我が家には、できる限り金額のおさえることができる方法を選択しなくてはと考えています。入院して手術するにも高額医療費の申請ができるのか市役所で調べていただき、発行していただきました。

また、退院後、老健にお願いするよりも家族の負担がかかるショートステイの選択をした方が経済的にかなり良いとわかりました。

ふと義父が看取ったころを思い出しました。
経済的には、自営業の収入、私や主人も外で働いて農家に従事し家計を支えていました。
義父が入院するまでゆきちゃんは義父に誠心誠意支えてきました。
義父は入院して、しばらくすると自分の足で歩くことが出来なくなってしまいました。

人はこんなにも早く歩くことが出来なくなるのかと感じました。

入院後 義父のことは私たちにゆだねられました。
あの時は、義姉妹も顔を出してくれましたが、ゆきちゃんになってからは、年に片手に収まるぐらいになってしまいました。
主人が亡くなってからは、もっと少なくなりました。

入院、手術直後はびっくりするぐらいに、ゆきちゃんの認知症は改善されているように感じました。
ところが、一週間もすると認知症の症状がまたさらに悪くなってしまい手足の不自由さが加わってしまったようです。
私達にゆきちゃんが見れるだろうかそういう不安が押し寄せてきました。

退院後のショートステイを探そう。
息子とたちと力を合わせて乗り越えていこう。

明日は、きっと今日よりも良い日になると信じていこう。
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コンプライアンス

2018/08/14 08:48
二カ月前のこと 私はゆきちゃんの介護区分を決めてもらうためにかかりつけの大学病院へ足を運びました。

区分申請をするためには、病院の医師の意見書が必要です。
そのための情報が病院側にも必要だったようです。
その日最初、前半リハビリで手足のチェック、後半が看護師による問診があった。

後半の問診は、2年余りの受診履歴やケアマネージャーからの報告書をもとに質疑応答で書類を作れるようだった。

ケアマネージャーの文書やカルテを読みながらその担当看護師は「こんなのわかるわけないじゃないの」としきりにつぶやいていました。何かにイライラしているようにそのストレスを私にぶつけてきました。
ケアマネージャーの記録の中にゆきちゃんが何度も食事をとろうとしてしまう症状が記載されていたようです。
「手の届くところに食べる物を置いてあるからいけないのよ。」
え!認知症の進み具合を見るための指針では・・・
「どうして介護保険を使って手すりをつけないの。」
「いったい介護の見直しをする必要があるの?」と尋ねてきました。

こたえても何も返答をしてこないことがありました。返答を求めているのではないのかなと思うこともありました。私の返答に気に入らなければきつい一言が返されました。

介護区分の見直しのきっかけの質問に対して家庭の環境が急激に変わり、・・・と答えようとしたら
「そんなことケアマネージャーと相談することでしょう」と声を荒げて即答されました。
あまりのことに、密室状態の診察室を飛び出し外来の受付の職員さんに助けを求めていました。
その看護師は、ゆきちゃんの車いすをしっかりつかむと叫びました。
「介護の等級あげてあげるからそこに座りなさい。」

ゆきちゃんを残してきてしまったことを私はすぐ後悔しました。
その時の私には、彼女のきつい一言を受け入れる余裕がありませんでした。

すぐケアマネージャーに連絡し、事情を説明しました。
「書類を作成できるのは医師であって看護師ではないのですよ。」と説明がありました。
「近くに病院の職員さんいますか?変わってもらえますか」
ケアマネージャーの事務所と病院側の職員さんが話をされました。

少しすると師長らしき人が様子を伺いにいらっしゃいました。


問診が終わりケアマネジャーへ電話報告しました。
「大変でしたね。ゆっくり帰ってくださいね。」

その後、ゆきちゃんは怪我をして、私はこの病院へ電話を入れるが、その対応もこの看護師と似たような上から命令するような口調でした。もしかしたら、同じ看護師さんだったかもしれません。
整形外科が不在ということでゆきちゃんは、別の病院で入院、手術することになりました。

入院した病院は明るくてきぱきした印象の病院でした。
外来が多いのは、地域の人たちに信頼されているのでしょう。

こういう病院がゆきちゃんのかかりつけに出来たらどんなに良いだろう

それは、到底難しい状況なので、せめて近くで受診できる市内の病院へ紹介状を出してもらうようにお願いしにあの病院へ行ってきました。

担当の先生は、今後の成り行きを心配してくださり励ましのお言葉をくださりました。
あのきつい看護師さんのことありましたが、それでもです。
この先生は本当に優しい先生でした。

「ありがとうございました。」心から感謝しました。

明日はよい日になりますように






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