一寸先は。。。。

私は、週二日地元でアルバイトをしている。
職員さんの事務補助をしている。
そこそこに事務をこなしている。

だけど、この職場の特に若い職員さんたちなんだか違う感じである。
ベテランさんたちがいないと職場のこと言いたい放題。。。

今の部署は無くなるのじゃないのかと始まり、様々の職員さんたちのオンパレードだ。

最近、数月前からきつい対応だ

私って言いやすいのかなと思い始めていた頃だった。

そう言っても、ここのお仕事だけで生活は、経済的に無理だと感じていたので就職活動を始めた。

体調も崩して、もう駄目だと思い始めていた時、面接を受けた一社から連絡をいただいた。

「10月からこれますか?」


一寸先は闇という言葉があるが、光が差し込むこともある。

夫婦

単発のアルバイトに行った。
近くにある倉庫で募集をかけていたバイトだ。

本業は別にあるのだが、暇があると余計なことを考えてしまうし、仕事をしている方が落ち着く。。。
お仕事すると収入につながるメリットもあるし今の私には調度良い。

本業があってダブルワークをするために来ている人って結構いる。
この日一緒に作業をしていた彼女もそんな人だった。

私は、もっぱら主人が急死したことがきっかけだったのだが、

一緒にいた彼女は息子さんが私立へ行ったことで家計が苦しくなったそうだ。
とはいえ、ご主人の協力が得られずフルタイムの他に土曜日だけアルバイトをするようになったそうだ。
「息子が離婚してしまえば・・・」っていうのよ。

彼女の話を聞きながらまだまだ大丈夫そうかなあ・・・
彼女のご主人も一生懸命働いているし、少々お小遣いが欲しいだけなのかも

私の友人でご主人が自営業で不景気でどんどん事業縮小していかなくてはならなくなった。
ハローワークにも行ったのだけどなかなか仕事が見つからず、モチベーションも保てなくなって、気が付いたら友人は別れていた。
お子さんがやっぱりお父さんと別れなよって言っていたそうだ。
子供って親が苦しい時ってわかるものなのかもしれない。

でもね。
生きていて一緒に生活してくれていることすごく羨ましい。

秋には靖国神社へ行こう

昨年春から我が家は不幸続きでした。

4月に主人が亡くなり、10月義母のゆきちゃんが亡くなりました。

そして、この二月実家の父が階段を踏み外し大きな手術をしました。

奇跡的な復活を遂げたものの年には勝てません。

30年間続けていた菊づくりも今年で最期にすると言っていました。

最期だから靖国神社へ行こうと言っていました。


この夏、八月に入って猛暑がやってきた。
父が熱中症で点滴をしたことから、ショートステイのお世話になり始めました。
そして母も熱中症でダウンしました。

もう菊づくりはあきらめた様です。
靖国神社は、もう行かないでしょう。

常識

学校に長く勤めていたせいだろうか
常識が自分の武器になっているように感じる。

時々常識がどこにあるのか分からなくなる。

人は色々なことを言うから

この一年、本当にわからなくなった。

ゆきちゃんを取り巻く人たち、主人のこともそうだ。

何をもってこの人たちはこんなことを言うのだろうか?

立場や時間が変わると常識が変わることもある。

数か月前この人は、こんな風に言っていたのに昨日会ったら180度違うことを言っていたこともある。

本当に生きづらい世の中だと思う

下町ロケットと農機具

今年は、忙しくてテレビドラマ見ている時間がなかった。
疲れて、そのまま寝てしまった

この下町ロケット面白いですね。
無人ロボット。。。こんなのあったら、本当に良いだろうなあ
でも、売り出すとしたら、農機具だけに私達には手が出来ないほど高いに違いない。

それから、メンテンナンスに費用が掛かりそう
これが馬鹿にならない
良い農機具が出来れば便利だけど、大きな農家なら可能だが小さな農家にはとても手が出るものではないのかも

そんなこんなで我が家の主人は、機械が好きでしたので農機具は中古で購入。
故障した農機具は自分で治すがモットーのひとでした。

主人が亡くなってこの古い農機具をどうしたら良いか?
とりあえず中古屋さんに見積もってもらってもらいました。
これが売り物にならないのだそうです。
部品が取り寄せられないからだそうです。

これ、PCと一緒じゃないですか?

では、台湾とか東南アジアの人たちがやってきて値段をつけるのはどうしてなのか?
中古屋さんが教えてくれました。
日本よりも技術が遅れている国々では、たとえ中古でも価値があるそうなのです。
特にクボタは価値があるそうです。

そうは、言っても日本人は新しい製品が大好きです。
あえて中古を買う人は少ないそうです。

春のお彼岸 (その後)

三月は、春のお彼岸
ゆきちゃんの初彼岸がくる

お塔婆の用意してくれるご住職にお礼をしてお線香を上げに来てくれるお客様へ茶菓の用意をしなくてはね。
お墓と仏壇にお花をお供えをする。

お彼岸の訪問者は、常にやり取りの多いご近所と気にかけてくれる親戚ぐらいだ。
それから、主人の姉妹。。。訪問はありませんでした。

故人のことを思うと寂しい気がするが想定内だった。

みかづき

2月、実家の父が階段を踏み外して後頭部を打って大きな手術をした。

術後直ぐ面会するやいなや、同じ日に簡単な手術をした次男を心配したことば「大丈夫か?」

どちらが大丈夫なんだかと思いながら私はこたえた。
「大丈夫だよ。無事終わったから」

その後、弟からICUから出られたという報告を受けた翌日、父は言葉を失った。
約10日間インフルエンザの流行で家族の面会ができなくなった。
やっと会えたかと思うと、こちらの言っていることはわかっているようだが話が出来ないと実家から連絡が来た。
私達は、長い目でリハビリを考え始めた。

「姉貴の次男に来てもらえないだろうか。」
次男は根はとてもやさしいのだが、中々の不詳の息子で、そんな次男を実家の両親たちはしっかり者の長男以上に気にかけていた。

昨日、実家の母と次男で病院へ向かった。
到着して父に会うとゆっくりだが話始めるではないですか?
弟に連絡すると弟も驚いた様子。

あれ、これあのドラマに似ている。
危篤状態の祖母のところへ駆けつける出来の悪い孫、、、死にかけているのに死に際から蘇ってきてしまう。


「学校教育が太陽だとしたら、“塾”は月のような存在になると思うんです」

小学校の用務員でありながらいつしか落ちこぼれの子どもたちに勉強を教えるようになった天才的教師の大島吾郎。戦中の国民学校の教育に反発し、自由で豊かな教育の可能性を塾に見出したシングルマザーの赤坂千明。それぞれに個性の異なるふたりが公私ともにタッグを組んだことで、塾業界に新たな歴史が生み出されていくお話なのだが、志半ばで塾を閉じてしまう。

その志を長女の息子が引き継いでいくところで物語が終わる。
我が家の不肖の息子にも新たな目標が見つかると良いなあと思いながら帰路についた。

ハグウィット

梨の伐採、伐根をお願いした方は、かなりの自由人です。

見た目はハリーポッターのハグウィット

ただ、このハグウィット、中々手におえません。

その奥方は、イラン人でお酒を出すお店で働いているそうです。

作業をお願いしているので、お茶を持っていくと農地の転用が話題にのぼりました。

転用か

「この農地転用して、売却したら億だぞ!」


「真摯に受け止めます。」と返答はしましたが、そのつもりはありません。

農地の転用は、難しいです。費用も労力もかかります。下調べをしないことには踏み切れません。

しかし、ハグウィットは言いたい放題です。沈黙と言うことを知らないのでしょうか。

とりあえず、本気で聞かない方が良さそうです。

直接、会って進行状況を見に行った時は、我が家に係る方々の悪口、陰口が次から次への出てきます。

それこそ聞き流す必要はないのかもしれません。


真相を問い詰めたこともありましたが返答がありません。

しばらくすると、もごもご取り留めないことを話し始めました。

新罵声がないのかもしれないのでしょうか。


先日、自宅へやってきて使っていないチェーンソーを有無を言わさず持って行ってしまいました。

翌日、電話をして「息子と購入したものです。返却をお願いします。」と伝えました。

「わかりました」

翌々日、私が在宅中、チェーンソウは返却されました。

梨の木の伐採、抜根終わるまで私堪えられるでしょうか。

いや待てよ。

もしかしたら、このハグウィットも私という人間に振り回されているのかもしてません。

とりあえず、今日も頑張ります。





後は登るだけです。

寒中お見舞い申し上げます。

昨年の我が家は、ふんだり蹴ったりの一年でございました。
その後、我が家はどうしたかと思われる方いらっしゃるでしょうか。

お金がないのに無駄に土地がある。それも市街化調整区域です。

梨畑をどうしたものか、そのままではいけないと思いあらゆる方々に声掛けしました。
以前の同僚のご主人は、農業大学の出身でご学友に声掛けしてくださったりしましたが、なかなか成果は得られないまま年を迎えようとしていたのですが、。。。

梨の作業を手伝ってくれた友人が「パックさん、その近くに市民農園を経営している方いるのだけど、ダメもとで行って相談してみたら、」
そう、ダメもとで行ってみました。

この年末年始、行ったり来たりバタバタしておりました。

そして、やっと土地を管理してくださる方を見つけることができました。

昨日、この地域の相談役のような方に話をしたところ「市民農園ですか?良いのじゃないですか。この辺りも明るくなりますよね。」と言っていただきました。

息子たちは無理しすぎて、二人ともダウンしてしまうもの、怪我が悪化してまた振り出しにもどってしまうものもいますが、まだまだ若いもうしばらく頑張ってもらいます。

あとは、登るだけです。

わすれもの

みなさん、新年あけましておめでとうございます。
新年早々、貸すことになった田のことで、お隣のお父さんに確認をしてきました。

稲作は、ご近所の方にやってもらうことになりました。
一反あたり、お金でなくお米で土地代をいただくこの辺りはこれが鉄則です。
それから、土地改良区の代金と固定資産税は地主が払います。

農地と言うものは、本当に相続するものではありませんね。

農地を貸したり売却したりは大変だし、持っているだけで税金がかかります。

除草作業は必要だし、荒れ地にしておいても仕方ないので、無料でも耕してくれる人を探したりします。

まずは、梨は難しいので伐採、抜本をお願いした方が良いのでしょうね。

中途半端になってしまった作業をどこかで再開しないといけないですよね。

辛い仕事ですが、ゆっくり気持ちの入れ替えをしていかないといけません。

やはり、ご主人に先立たれた友人がお子さんに話した言葉

「農地は固定資産税を払うだけだから、相続は放棄しなさい。」
農作業を仕事としてやりたい人は借りてでもやりたいのでしょうが、罰当たりなことですよね。

実父母を看取る

実家の弟から連絡があった。
母の介護で悩んでいるようだ。

社交的なゆきちゃんと違い介護されることに慣れていな母に手を焼いているようだ。
距離があると素直になれるのだろうか
私には友好的な母なのだが、弟にはそうではないようだ。

ゆきちゃんがデイサービスへ最初に見学へ行ったのは数年前だった。
足を温めてもらったりリハビリを受けたり直ぐに気に入って週に数回出かけるのが楽しみになった。
ゆきちゃんの動向は、日増しに子供に帰っていった。

そんなゆきちゃんを看てきたせいか、実父母の動向の変化も受け入れて易くなってきている自分に気が付く。

時間をとって実家へ向かう。
一緒に買い物へ行って、話をして帰ってきた。
電気圧力釜の使い方が分からないのだが、弟は時間をとって両親に説明しないようだ。
「仕方がないな~」
借りて行っていくつか使ってみるかな
「30日にまた来るから、その時にデモンストレーションできるように練習してくるね。」

今日は、電気圧力鍋でカレーを作ってみた。
カレー粉はプレミアム熟カレー
カレー粉も初めてなら、鍋も初めて隠し味は野菜ジュースと。。。。

最初に味見をした次男が言った。
「旨いけど、葉っぱ入っていたぞ」
カレー粉入れる時に抜くの忘れた

師走になりますが・・・

 介護をしていてわかったことがある。
どんな人でも間違いがある。
どんなところにいても高齢者は転びやすくなるので、転んでも相手を責めてはいけないと思う。
ショートへ行ったなら、物がなくなることもあるので問い詰めてもいけないと思う。
お互い様だから、感謝の気持ちを忘れてはいけないと思う。

主人が亡くなった時お線香を上げに来てくださった先輩が言った。
「きっと幸せになれるから・・何があっても感謝の気持ちを忘れないで」

ゆきちゃんがいなくなって、寂しくはなったのですが毎日お茶とご飯をお供えして声掛けしています。
「何もしなくてもいいから、私達を見守っていてね。」とつぶやきます。

どんなことが起きても、他人を恨んだりしません。
感謝して生きていきます。

常識ってなんなのか

先日、ゆきちゃんの49日も終わらないというのに電話があった。

辞めてしまった梨畑を見たいというものだった。

確かに辞めてしまって先行きを考えると、売ってしまうことになるだろう。

だけども・・・

これから、ゆきちゃんの49日がある。

その準備もしている。

親戚の方たちがその話を聞いたら、なんていうだろう

思ったことを口に出した。

そしたら、「その人たちがあんたたちの代わりに何かしてくれるのか?」

私は、あんたたちのことを心配してやっているんだ。

でも。。。

ちょっとまって。。。私たちに故人を偲んで休む時を過ごす時間を持つことは出来ないのでしょうか。

結果をもたらすもの

以前、派遣会社へ登録してきたのはいつだっただろうか。
出来るときに出来る単発のお仕事を探すためだ

長男も次男も働いているが若いためあまり甘えてはいけないと考えてのことだった。
子供たちには、せいぜい食費を出してもらうぐらいだ。
主人の生前、家業を盛り立て、ゆきちゃんの介護を考え退職したのは、だいぶ前のことだ。
主人が亡くなった今、大きく方向転換しなくてはならない。
ところが、ダブルワークを初めて3カ月と立たないうちにゆきちゃんがなくなってしまった。

どうしていいのかわからないというのが今の私である。

先日、できなくなってしまった梨畑を私たちの代わりに耕作してくださる人がいればと市役所へ相談に行った。
相談に行ったのは、農業員会の窓口、声をかけてくれたのは産業振興課だった。
一昨日、地域の農業委員の方と市役所の方がみえた。

一人興味のある方がいるとのお話だった。

「長い目で待っていてください」と言うのが職員さんたちの言葉だった。

昨日、ゆきちゃんの49日の別れの牡丹餅ならぬお饅頭を注文してきた。
石屋さんが、ゆきちゃんの戒名の確認に来た。
すでにお塔婆をご住職にお願いしてあるし、お食事の用意もお願いしている。
後は、返礼品の発注だ。

明け方近く夢を見た。
主人が生きているのだ。畳に寝転がって手を振っていた。
「なんだ!生きているんだ。今までのことは夢だったのか!良かった。」
それが夢だった。

不思議と落ち込むことがなかった。
目的をもって行動すればいつか結果が出てくることを主人がいなくなって知った。

お通夜です。

先日、ゆきちゃんの通夜が滞りなく行われました。
出席者は、我が家の家族三人と義姉の家族三人それから義妹一人
人が少ないってなんて楽なのでしょう。
挨拶なんていつもの顔ぶれです。
ハラハラドキドキしたのは、式場へ行く前のひとときだけでした。

ここまで来たら、この葬儀は好きなようにさせていただきます。なにせこれからの生活費をキープしながら葬儀を行わなければならないのですから、他人の言うとおりにやっていたら、生きていけません。

始まってみると、敵陣は陰でいうだけでおとなしいものです。

ご住職は穏やかでおとなしい方です。
「良い写真ありましたね。」と遺影の写真をほめてくださり、デイサービスは最初は嫌がる人も生き始めると楽しいという人が多いものです。

ゆきちゃんと見学に行ったときから、気に行ってくれ、ゆきちゃんでなくても行きたいと思うくらいに楽しいところでした。
もちろん、ゆきちゃんの答えは「OK」でした。

食事も終わり、家族でもう一度お線香をあげてゆきちゃんの思い出の品々を見て帰ろうとしたら、お通夜見舞いを姉さんたちにいただきましたので、お礼を言って帰ってきました。

ところで、帰りの車の中で長男がぼそり

「今日、俺の誕生日だったのだけど。。。」

まあ良いじゃない!ごちそうも食べられたのだから。。。
そんなことじゃない?そうよね。お誕生日おめでとう

冠婚葬祭(葬儀)

義父の葬儀は、主人に従いながらやったので、全く覚えていません。

ところが、今年の4月主人が亡くなり、どうしたものか焦りました。
農家のしきたりがあるのです。
JA葬祭の担当者と相談しながらお隣のまとめ役に相談しながら、長男を盾にして(笑)、通夜、告別式、49日、新盆、初彼岸。。。残すは一周忌と考えていました。
ところがです。義母のゆきちゃんがまさかの急死!!!

主人の葬儀は盛大に大きな式場をとりましたが、85歳になるゆきちゃんの場合、そんなに来るはずがないだろう。
小さいほうの式場をおさえました。
一日葬を考えましたが、この田舎で反感を変えず行動するのは到底難しい事です。
そこで、住職さん「お通夜だけ家族葬にしたらどうですか?」と言ってくれました。

それ、もらった!担当のMさんが細かいアドバイス、指示を出してきてくれます。
私達はその指示に従い即行動!大きなところでは葬祭の方々がプロの腕前をふるってくれます。
通夜、告別式の場合、通夜に翌日の出席を確認しますが、告別式は納棺、出棺時に確認します。
後は電話で確認します。

半年前に同じことをやっているので、見通しがついているもののバタバタしています。
そんな時に長男から「おばちゃんから言われたんだけど。。」

でたー!何もしないのに上から目線のご意見。。。。
「通夜が焼香客が多いのに・・・」
通夜を家族葬にした私への不満です。

だけどね。ゆきちゃんの介護の費用、入院手術した時も私達に何の経済的な援助どころかお見舞いもいただいていないのですよ。ご香典ぐらいは持ってくるでしょうが、数万円で7人でくるってどういうことですか。
姉さん一人で良いでしょう

老い

家族のアルバムを整理していたら、ゆきちゃんの若い時の写真が出てきた。
若いと言っても50代
調度、今の私ぐらいの年齢だろうか

ここに嫁いだころだと思う。

よく介護の大変さをゆきちゃんは話していた。
義父と一緒に畑仕事を家事をしながらこなしていたと話していた。
そんな時、一番の頼りは、主人の姉、ねえさんの存在だったらしい。

おかゆを炊いて出かけると学校から戻ってきた姉さんが、主人の祖父母に食事を食べさせていてくれていたそうだ。

主人は、私は核家族で育ったから人の老いを目の当たりにしたことがないからわからないと良く言っていた。
「そうよ。私、両親と弟の4人家族だから、わからないわよ。」

でも、ゆきちゃんが転倒して手術入院して、少しずつ老いを感じている。
腰が曲がり、背も小さくなって足を擦りながら歩いている。
大丈夫と言ってもいつ転倒するかわからないし、転倒したら、骨折もするだろう。
気丈にふるまっていても、年の波には敵わない

主人は、こんなゆきちゃんを最期まで看取ることなく先に行ってしまったけれど、あの世で待っていなさい。
この世界で楽しい日々を過ごさせて送り出してあげるから。
そんな矢先のこと、ゆきちゃんの様態が悪化した。

お願いしていたショートステイでのことだった。
ショートの看護師さんや介護のスタッフが懸命に手当てをしてくださって、病院へ搬送してくださった。
私達が病院へ着いた時は、ゆきちゃんは心肺停止する時だった。
医師の診断は大動脈解離、肺に流れ込んだ水のようなものは血液だった。

これからだったのに。。。

何もできてないままじゃない。

稲作と農家とコメの値段

昨日は、彼岸の入りご近所の方たちのお彼岸参りがあるのと同時に、稲刈り作業があります。
田植えはやったものの稲刈りの方が実際に扱う機会はたくさんあります。コンバインや乾燥機など途中で止まることもしばしばです。
その度に機械の整備に業者へ連絡を入れます。
我が家の場合主人がもっぱらの機械好きです。
業者へ電話をすることもありませんでした。
ダメになった機械もパソコンでお取り寄せをして・・・・いわゆる何でも屋だったのです。

さて、今年はどうするのか悩んでいましたが、ライスセンターへお願いすることにしました。
刈るだけの作業ですが、一反あたり、4万円+コメの袋代
7反ありますから約30万円と言うところでしょうね。今年はお米の収穫量が少ないと聞きますので、どのくらいとれるのでしょうか。とれた米は、自分のところと義姉の親族の分をとってそれ以外はライスセンターへ引き取ってもらいます。

今年のお米の相場は30キロ二袋で1万4千円だそうです。いったん当たり6~7俵です。

来年は田植えからやってくれたらとライスセンターへお願いしてみました。先のことはわかりませんが、一年間限定で探してみてくださるそうです。
これが、一反お米1俵いただいてなにもしないことになります。
土地改良代6万円払って7俵いただくことになります。
それでも農地を荒れ地にしてしまうよりは、ずっとましなのです。
そうは、言ってもやってくれる人が出てくるのか。・・・最近は出来なくなってこの季節に耕すだけの作業をしている農家も多いのです

普通にやってくれればいい

色々な人がいる
奥さんが亡くなってすぐに子供たちをおいて女性のところへ出て行ってしまったお父さんの話をきいた。
奥さんが亡くなった時下の子は3歳
それでも兄弟寄り添って生きてきた。

一人は夜間に通い、高校から大学そして誰が聞いてもわかる企業に勤め退職時にはそれなりの企業へ勤め。。。だが、兄弟の中にはその流れに逆らえないものもいた。
それでも苦労して苦労して穏やかな家庭を作るものもいた。

この近くに似たような環境の家に嫁いできた方がいる。
奥さんと子供をおいてお父さんが出て行ってしまった。
そんな家に嫁いできたのである。
世間から笑われないようにと思いながら生活してきたそうだ。

そんな時、お姑さんは「立派にやらないでもいい、普通にやってくれさえすればいいのだから」と言っていたそうだ。

その人は、当時はよくわからなかったそうだ。

そのお姑さんも何年も前に骨折して入院して亡くなった。

その方は、今になって気持ちが良くわかるようになったという。

「立派になんてやらなくて良い。普通にやってくれたらそれで良いんだよ。」

そのうち、道は開けてくるかもしれない。

ありがとう。